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給食、Lunch [小学校]

子供はもうすっかり日本の小学校になれたようで、一安心。
娘については、心配していた給食もどうやら大丈夫なようだし‥

とにかく娘は偏食で、アメリカではよく給食を残していたらしいから‥

こちらでも娘は給食を残しているらしいが、
先生も無理に食べさせることも無いようで、ちょっと安心している。
もちろん、いつも、食べ物は無駄にしないように教えている。

でも向こうの給食は、とにかく子供達の口にはあまり合わなかったらしい。

大食漢の息子でさえ、「‥今日はひどかった‥みんな良く食べられるよね~」
などとよくぼやいていた。

ちなみに来週月曜日と火曜日の向こうの給食メニューは、以下のようになっています。

Monday, September 19
Chicken Nuggets w/ Oriental Fried Rice
Beef Teriyaki Nuggets
Peanut Butter & Jelly Sandwich
Yogurt w/ Pretzel
CHOICE OF TWO FRUITS OR VEGETABLES:
Green Peas
Fresh Apple Slices
Dried Cranberries
Chilled Peaches

Tuesday, September 20
Nachos w/ Chili and Cheese Sauce
Fish Fillet on Bun
Peanut Butter & Jelly
Sandwich Yogurt w/ Pretzel
CHOICE OF TWO FRUITS OR VEGETABLES:
Golden Corn
Jicama/Baby Carrots w/ Dip
Fruit Cocktail
Tossed Salad

19日の月曜日ならば、基本的には
Chicken Nuggets w/ Oriental Fried Rice
Beef Teriyaki Nuggets
Peanut Butter & Jelly Sandwich
Yogurt w/ Pretzel
この4種類から一つを選び、
Green Peas
Fresh Apple Slices
Dried Cranberries
Chilled Peaches
この中から2つ選ぶ、これで1.75ドルだが、
おかずや、ライス、ポテトチップなどを追加注文することができる。
牛乳や水も買える。
買い方は大学の学食のカフェテリアと同じように欲しいものをお盆に載せて、
レジに並んで会計をする。
現金で買うこともできるが、大抵の子はプリペイドカードで支払う。
プリペイドカードは学校に頼んで作ってもらう。
お金がなくなると、子供は、お金がなくなったことを示すシールを胸に貼られて帰ってくるので、
次の日にチェックを持たせてチャージしてもらうといった具合である。

さて、メニューの中身だが、
Peanut Butter & Jelly とかSandwich Yogurt with Pretzel (あのカリカリしているしょっぱいお菓子のプレッツェルである)が給食になっちゃうのは驚きである。
ポテトチップだって立派なおかずの一品目である。
栄養のバランスもあまり良くない。10品目などを目標にしている私どもにはなんとも‥だが、
ただし、選択肢は用意されていて、子供には選ぶ権利が保証されている。
(これがアメリカでは何をおいても大事らしい‥)
ベジタリアンや宗教などの問題も回避できるようにメニューが用意されている。

日本に帰って来て、お昼の栄養バランスが整ったと思うと、少しほっとしている私であるが、
みんな同じものを食べることが基本である日本の学校では、
向こうの子供達は苦労するのかしら、とも思ってしまう。


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メール処理にて [暮らし]

やっと一昨昨日から仕事場に復帰しました。
昨日、昨年渡米してすぐに使えなくなった職場のメールを復帰させ、見てみたら‥
たまっていました‥たくさんのメール。

その中に見知らぬ外国人からの「Re:[19]」とか「Re:[4]」とかのタイトルのメールが沢山きていました。新しいウイルスメールのパターンでしょうか‥怪しいメールだと思い、全て見ずに捨ててしまいました。(大丈夫かしら‥)

また、「処方箋がいりません」とか「安い錠剤」とか英語タイトルのメールも沢山ありました。
仕事仲間によると、「これはつまり『薬』ではないか」と言いますので、これも開かずに捨てました。

仕事場はLAN回線で沢山のPCがつながっています。ひとつのPCが感染すると、それはもう大変な騒ぎになってしまいますので、怪しいものは見ないで捨てることにしています。

むかし、某国からの留学生がいろんなものを夜中にこっそりダウンロードして、(たぶん本国ではできなかったのでしょう)、部屋中のパソコンがやられたことがありました。

そんなことになってはいけないと、怪しいところには接続しない、怪しいメールは開かないようにしています。

それで、論文の査読依頼や自分の投稿原稿の査読結果のメールも見ないで捨てちゃったこともあります。だってタイトルも分かりにくかったし、送ってきた人も全く知らない人だったんですもの‥
そのときはボスにすごく怒られました。

今回はそういう意味で大切なメールは無かったようです。 ‥と思います。

そんな中、昨年の10月ごろの日付で、某会社に勤めている後輩が、私の職場のホームページに私の名前を見つけて懐かしんで送ってくれたメールを見つけました。
過去のメールを処理するというあまり面白みの無い作業の中、思いがけないプレゼントを受け取ったような嬉しい気持ちになりました。

早速、「返事が遅くなってごめんね」、と返信しました。


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24game [子供]

いま子供と私が家ではまっている遊び。
それはネット版24ゲーム!

24ゲームとは、本来カードを使ったゲームで、カードに書いてある4つの数字を加減乗除を駆使して24を作るゲームです。3~4人でゲームをします。24をたくさん作った人が勝者です。

バージニア州のうちの子供の学校では4年生以上の生徒にゲームをやらせて、成績が良かった子を地域の大会に出しました。さらにそこで勝つと、その子はさらに大きな大会へ、運と実力次第では州大会へと進みます。

昨年、子供のクラスでやっていて面白そうだったのでうちでもそのカードを買いました。

しかしこのゲーム、インターネットバージョンもあるんです。
やり方はこんな感じです。

ゲーム好きの私はつい今年の春買っちゃいました。
ネットでは一人で遊び、ポイントを稼ぎます。上位者はランキングが出るんです。
ちなみに約20ドルで6ヶ月間遊べます。
ゲーム感覚で計算力がつくので気に入っています。

正解すると「かっこいい~!」とか「すばらしい!」とかの褒め言葉が画面に出てきます。
(得意の“褒める教育”です)

こちらのホームページからお試しもできます。
http://www.firstinmath.com/samplegame.asp
GAME1とかGAME2の下にある字をクリックするとゲームの画面に移り、
Startボタンで数字が現れるので足したりひいたりして24を作ります。
レベルによって数字の桁数や数、加減乗除の種類がかわります。

ゲーム1のやり方の説明はこちらにあります。
http://www.firstinmath.com/directions/directions1-1.asp
他のゲームのやり方もこちらから見れます。
http://www.firstinmath.com/directions.asp

もうすぐ利用期限が切れるので更新しようと思っています。
今年小学校一年になった娘のためにも買っちゃいました。


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米国の運転免許証の話 [アメリカ事情]

現地では有名な話だけれど、同時多発テロの犯人が判明したとき、その犯人の多くがバージニア州で(それも我々が住んでいた所に結構近い)自動車試験場(DMV)で免許を取っていました。

それで6年前よりもずっと免許証をとるのが手続き上面倒くさくなっていました。
なにが面倒臭いって、身分を証明する書類をあれこれ用意せねばならなかったことです。

でも、そんなことより、私にとっては英語で書かれている問題を解くことの方大変でした。
問題は4択式なので筆記の必要はないのですが、英語嫌いの私にとっては英語を読んでいるだけでくらくらしてくるのです。

州によっては日本語版の問題を用意してくれているところもあるそうですが、あいにくバージニア州には日本語版はありませんでした。

実は、私、前回のアメリカ暮らしでは試験に落ちちゃったんです。
あまり準備していないうちに、夫に連れて行かれ、私はその日受けるつもりがなかったのに、
夫が「ためしに一緒に受けよう」ってかなりしつこく誘うので、つい受けちゃったんです。

規則の書いてある本もちゃんと読んでいなかったし、英語の能力も低かったので、
結果は見事の失敗!ちゃんと準備していた夫は合格‥

そしたら あいつ(夫) は取れた免許を私の目の前にちらつかせ、私のことを笑いよったんです!

二度と受けるものかと、そのとき誓いました。

そのトラウマがあったので今回もDMVへなかなか足が向きませんでした。
でも取締りが厳しくなっていたので仕方なく勉強して受けに行きました。

ただし今回は勉強してちゃんと準備をしていきました。
このとき役に立ったのがDMVのホームページに用意してあるサンプルテスト。

ちなみに私は標識と知識分野それぞれ40回ぐらい受けていきました。
おかげさまで実際の試験問題の8割はサンプル問題と同じ内容だったので、なんとか受かることができました。

ちなみにそのホームページは http://www.dmv.state.va.us/dmvweb/kats/sne_intro.asp です

ファーストネームをいれてスタートをクリックするとサンプルテストを始められます。
正解してくれると「Correct ○○!」の名前つきで褒めてくれます。
(このような仕組みに慣れていないので、日本人としてはちょっとてれます)

選択式の試験に合格して一月経つと次は実技が受けられます。
アメリカ人恐怖症の私はこれに行くのもすごく嫌で、なかなか受けに行きませんでした。

ある日、英語の上手な友達に一緒に行こうと誘われました。
私は、とにかく落ちるのが嫌だったので気が進みませんでした。

でも夫が、試験を受けるまでの手続きを経験するだけでも意味があるから一緒に行ってきたらと勧めるので、行くことにしました。

当然試験の順番は彼女が先!と私も彼女も思っていたのですが、何の手違いからか私が先になって慌ててしまいました‥

実技試験では自分の車を使います。そしてはじめにランプをつけたりワイパーを動かしたりの点検を行います。そんなことをよく知らない私は、黒人女性の試験官がなかなか乗り込まず、外で何か叫んでいることにすっかり動転してしまいました。

よく聞けば、単に窓をロールダウンして開けろといっているだけでした。
その後はハザードをつけろとか左折や右折のライトをつけろなど言われていることが分かり落ち着いてきました。

(後で試験を受けた友達はその様子を見ていたので、試験の手順がよく分かったそうです。
それは私が受けたかった恩恵だったのですが‥)

一通りの点検が済むと、いよいよ試験官が隣に乗り込み、公道へと車を走らせます。
試験官は乗り込むと早々にあくびをし始めました。そのせいで私の緊張も少しほぐれました。

友達に聞いた話では何人かの日本人の奥さんが試験官の指示の「左右」を聞き間違え、違うほうに曲がったら落ちてしまったという話を聞いていたので、試験官の指示は一つ一つ繰り返して確認しました。

車を走らせ始めるとすぐに住宅地の小道に入るように指示されました。
住宅地では制限速度が道に書いてなくても一定の速度以下で走らなければいけないと決まっていますので、速度にだけは気をつけました。

試験官はそのうち独り言のようになにやらつぶやき始めました。
どうやら道について説明しているらしいのですが、よく聞き取れません。

後で受けた友達も「つぶやいていたわよ!」って言ってました。

そうこうしているうちに今度は葬列に出会いました。葬列には割り込んではいけないのですが、そのときは反対車線で、彼らはまだ出発前だったので、そのまま通り過ぎました。
その間、試験官は私の方は全く見ず、一生懸命お葬式の人たちを見ていました。

そして道を突き当りまで行くとそのまま引き返し、試験は終了しました。
行きも帰りもお葬式に興味津々だった試験官は結局私を殆ど見ていなかったと思います。

DMVに帰ると、特に合格の知らせはなく、しばらくすると免許書用の写真を撮るために呼ばれました。そのとき初めて合格したことが分かりました。

こうして私は6年ぶり雪辱を晴らしました。もう試験はこりごりです。


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元教授の話の続き [アメリカ事情]

昨日お話した先生はほかにも恒常的なボランティア活動をいくつかなさっていました。

一つは私が習っていた無償の教会での英語教室(ESL)
もう一つは、聞いた時とても驚いたのですが‥

刑務所を出る青年の社会復帰のための足場としての下宿屋だそうです。

先生は名家の出身らしく、大きなお宅をお持ちなようで、
奥様がなくなって、寂しくなったお宅に賑やかさを取り戻すためと、
歳をとられて、健康に自信がなくなり、そばに人がいてくれたほうが良いと思い、
下宿屋のボランティアをしようと思われたそうです。

部屋に空きができると色々な下宿人希望者が面接に来るそうです。
下宿をしても良いかどうか決めるのは先生ではなく、先生の猫だそうです。
猫がその人を気に入れば下宿人決定となるそうです。
猫が気に入る人に悪い人はいないと言っていました。
常時4人程度の下宿人が先生のお宅にいるそうです。

ブラジル人の友達はとても信じられないという顔をしていましたが、
先生は社会復帰を助ける仕事はとても大切なことで生きがいを感じているようでした。

時々その下宿人についての話を私たち英語教室の生徒も聞きました。
その中には友達が知らないうちに車に置いていったドラッグを警察に見つけられ刑務所に入った青年もいたそうです。

そんな風に先生はみんなの話し相手や人生相談にものっていらしたのでしょう。
ボランティアをすることは当たり前のことで、自分が特別なことをしているという意識はないようでした。ボランティア意識の進んだ国ゆえ、このようなボランティアも発達するのでしょう。


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ハリケーンで思い出すこと [アメリカ事情]

アメリカでは強いハリケーンが上陸し勢いは衰えたものの、
テレビで放映されてる風や洪水の被害の様子がハリケーンのひどさを物語っています。
あんなに壊れてしまった家屋や浸水した家はこれから大変なのだろうなあといつも思います。

フロリダなどの南部の地方はハリケーンやトルネードなどの通り道になりやすく昨年も壊れた家の映像がよく流れていました。リタイヤ後の人々が住むという楽園的イメージとは程遠いものです。お年寄りも多いだろうにどうするのだろうか、と思います。

比較的アメリカの家屋は簡単に建築できるのですぐに再建できるのかもしれませんが‥
(本当にあっという間に建つんです。)

ところで、私のESLの先生は引退した大学教授で、旅が趣味でした。彼はキャンピングカーを持っていてよくその車で旅に出ていました。ある日、「サウスカロライナを通ってフロリダまで先週行ってきたんだ。」といっていました。先生のお宅はワシントンDC近郊ですから1000マイル(1600キロ)位ある距離です、おりしもハリケーン一過の時でした。

なぜそんな時に‥と思っていたら、彼は何と、食料を買い込み、お金を用意して、困っている人たちの援助に行ったとのことでした。被害の状況などを細かく話してくれました。

80歳過ぎのお年寄りが自ら車を運転し、遠くまで被災地にボランティアに出かけるなんて‥(私が娘だったら止めると思います)

彼は熱心なクリスチャンでよく、自分がこの世にいるということは自分にすることがあるからで、自分に何ができるかいつも亡くなった奥様や神様に聞いていると言っていました。

言うだけではなく、彼は実行していたんです。私にはとてもまねできそうにありませんが、歳をとってもそういう心持で暮らしたいと思いました。ハリケーンと聞くと今はその先生のことを思い出します。


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やっと日常暮らし [暮らし]

海外引越しをなめていました‥

引越しが近づいて、ブログから遠ざかり、
帰国して‥、

引越し先でトランクルームからの荷物を受け取りました。
その量の意外に多かったこと‥

出国も慌しかったので、とりあえず全部トランクルームに入れちゃったみたいです‥

借家なので壁に穴を開けたりできず、
クーラーの取り付けもなかなかうまく行かず、なかなか片付けも進まぬ中、
実家に行ったりしてしまったので、未だ片付いていません。

ああ、久しぶりの「新規作成」です。

今日もこれからお片づけと各種手続きです。
もう少ししたら書き溜めた原稿をまたアップする予定です。

ところで、日本の生活についての雑感‥

向こうでは人に身体がぶつかったりすることがタブーだったので、
すれ違いざまに身体が触れてしまうと、
振り向いて「ごめんなさい!」と言う癖がついてしまいました。

ここ東京では人がごった返しているのでぶつかるのは当たり前です。
前から急いで歩いてきている人にすれ違いざまにぶつかって、
振り向いてみると、既に遠くに何事も無かったかのように立ち去る後姿‥
ちょっと寂しかったです。

狭い路地でちょっとでも速くと、人を掻き分けて走る車‥
向こうでは路地で子供を見かけると安全なところに退避するまで待ってくれました。

昨年向こうについた頃、「どこから来たの?」と訊かれて「東京の都心部に近いところ」
と答えると東京を知っている人は必ずといっても良いほど、「ああ、忙しい街ね!」と言いました。

そのころ人は確かに多いけれど、忙しいってどういうことかしら?と不思議でしたが、
このたびは納得しました。多分みんな忙しすぎるんです。
だから人を待ったり、よけたりする余裕が無いんだと思います。
東京の都心部はそういう街だとおもいます。

歩いているサラリーマンの人達の顔も、疲れているか、
きりっとしている顔でのほほんとしている楽しげな人は少ない気がします。

それから、タバコを吸う人が多いのにも気が付きました。
これもストレスが多い社会ってことでしょうか‥

こんなに頑張っているからこそ、資源の少ない、こんなに小さな国でも先進国入りできるのでしょう。
でも、なんだか不公平な気がして‥
日本人にももっとゆとりある生活をする権利があると思います。

これからの高齢化社会、もっと厳しくなることが目に見えています。
政治のせいなのか、経済や産業構造のせいなのか、
ちゃんと見直して改善していく必要があると思います。

技術立国だって、昔ながらの技術立国をめざしていたのでは、近年技術レベルが飛躍的に向上している生産コストの安いアジア諸国にいつか負けてしまうでしょう。
もっと知的財産(特許のことを言っているのではありません)の多い技術立国を目指せるように、教育面からてこ入れする必要があると思います(勉強!ってことじゃありません)。

みんなと同じぐらいにできることに安心感を覚えるのではなく、好きなことが好きなだけ楽しく学べ自分のいいところ、強いところに自信がもてるような人こそ、これからの世の中に必要なのではと思います。それには親の意識改革も必要なのかもしれません。

何かの特技がある人、
なにか強い分野を持っている人
人と和すことが得意な人、
毎日、同じことをきちっとできる人
人とはちがったものの見方ができる人
ひとりでいるのが好きな人
人といるのが好きな人
人に安らいだ気分を与えることができる人
人に緊張感を与えることができる人

なんだっていいと思います、なんだって長所になると思います。
要はそれに自分が自信を持てて、周りもそのことに敬意を払えるような社会が来ればと思います。


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送別会にて [暮らし]

今日、夫の関係の送別会に行ってきました。
そこでの話。

そこの奥様(アメリカ人)は日本暮らしが長く、お子様を日本の幼稚園に通わせていらしたそうです。
そこで、アメリカと日本の幼稚園の違いについて聞いてみました。

そうしたら、

「日本の幼稚園は音楽の時間が多く、全体的にいつも子供たちはうるさかった。アメリカのはもっと静かで、子供達は待っていたり座らされていたりする時間が長い。これでは子供がストレスをためてしまう。スウェーデンの幼稚園は日本の幼稚園と似てうるさかった。アメリカのはいわば厳しいイギリス風ね。幼稚園はうるさい方がいいわ。」

とおっしゃっていました。私はこちらの子供達が良く躾けられているのをみて感心しましたが、このような見方もあることを知りました。

さらに、

「日本の幼稚園は子供が喧嘩をしても、先生は喧嘩をさせておく。時には血が出ることもある。でもそうやって子供は仲良く遊ぶことを学ぶのだと思う。アメリカのようにいつでもそれはだめ、喧嘩はだめ、と言って先生が何もさせないでいたら何時までたっても子供は人間関係を学べない。」

とおっしゃっていました。なるほど、そういう見方もあるのかと思いました。

確かに、アメリカ人は気に食わないことをされるといきなりすごい剣幕で、喧嘩を売っているのかと思うほどにエキサイトして、食って掛かってきます。そしてよくやりあっている人を見かけます。
誤解かもしれないなんて心配はしていません。これは喧嘩を経験してないがゆえに、苦情の処理法を知らず、苦情を言い出すとすぐ喧嘩じみてしまうと言うことなのでしょうか‥

一方私達はよっぽどのことでなければ、自然と喧嘩だけは回避しようとします。例えば文句がある時、相手が気が着いていないだけのこともあるかもと、最初はやんわり言います。それでだめなら徐々にトーンを上げていきます。

もしかして、これは我々が幼稚園で沢山の喧嘩を経験して身に付けた処世術だったのでしょうか‥

何事も見方を変えると別の面が見えてきて面白いです。


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ワシントンDC見物 [風物]

昨日、ムービングセール終了後、急いでDCに行きました。
目当てはかねてから行きたかったアメリカインディアン博物館。

これは昨年開館したスミソニアンでは今最もホットな博物館です。

中身はアメリカインディアンの部族とその装束、生活様式、工芸品の紹介と現在のアメリカインディアンのモダンアートの展示が中心でした。どの展示も芸術的に素晴らしいと思いました。特にビーズ刺繍を全面にあしらった衣装は素晴らしかったです。

アメリカインディアンの現在までの歴史を紐解くというよりは、ルーツを探ったり存在を再確認したりすることが目的のようです。急いで見たせいか、アメリカ開拓史における原住民の迫害についての展示は見当たりませんでした。

今のアメリカインディアンの人々がどのような暮らしをしているのか、私は良く知りませんが、ESLの先生から聞いた話では、豊かではなく色々な手助けが必要だとのことでした。しかし、映像や展示には、そのような雰囲気は感じられず、山奥の高地や寒冷地で美しい自然に囲まれ、自然と宗教を守り、近代化されながらも、素朴で美しい暮らしをする人々が描かれていました。

自然の厳しさが一層、その暮らしぶりを美しいものにしていました。しかし、その時ふと夫が独り言のようにつぶやいたんです。「元々はこの人たちもっと住みやすい平地に暮らしていたんじゃないか?追われて、今こういうところに居るんじゃないか?」って‥

美しいと思って見ていた映像が悲しいものに見えてきました。多分夫の言う通りだと思いました。住みやすい土地があるのにあえて住みにくいところに住む人はいません。さらに、彼らの顔があまりにも我々に近いので、なんとなく親近感が沸き、悲しくなりました。

このようになんとなく私にとっては落ち着きどころの悪い博物館でしたが、アメリカインディアンの人々にとっては、先ずはこのように存在感を高めていくことが大切なことなのだと思います。

映像紹介の中で最後に、アメリカインディアンの血を引く、オリンピック選手や、学者や、宇宙飛行士など、現在のアメリカで活躍する人々の紹介がされました。わざわざ紹介されるほどそれは珍しい事だと言っているようなものですが、このことが少しでも人々の勇気づけになるのならそれも仕方ないと思いました。

本当はこの広い土地の主だった人々‥
サンクスギビングはイギリスからの入植者が飢えて苦しんでいる時にアメリカインディアンが助け、そのお礼として入植者が開いた饗宴がもとで始まった行事だったはず。その頃は少なくとも彼らは受け入れる側だったのに‥現在、博物館でわざわざ紹介されるようになってしまったことはとても悲しいことだと思いました。

この日はついでにリンカーンの像とベトナム戦争の記念碑も見に行きました。

リンカーンの像では、息子に「人民のための人民による‥」を読ませました。
ついでに夫はモニュメントとリンカーンの像を結ぶ線は、かつての南軍と北軍の境界線なのだと説明していました。またリンカーンの像が後世も民主主義が保たれるよう、議会を見張っている位置に座していると説明していました。

そのモニュメント(オベリスク?)最近の大改装工事で、装甲車が来ても跳ね除けるようなすごい防御装置を装備したそうです。わたしは、巨額の工事費をつかって改装する考え方にちょっとついていけませんが、あれはどうやら威信をかけてアメリカ政府が守るべきものらしいです。

次に行ったベトナム戦争の記念碑では、黒い石の壁に戦争で無くなった兵士の名前が延々と書いてありました。7年前も見たのですが、今回良くみると、日系人の名前があることに気がつきました。名簿を調べると、田中さんや鈴木さん山根さんなどたくさんの日系人の名前を見つけ、胸が痛くなりました。グリーンカードを取得し、ゆくゆくは国籍をと願う人をときどき見かけますが、アメリカ国籍になるということはこういうことなのだと思いました。

日本にいても同じなのかもしれませんが、もし私がアメリカ国籍をとったことで息子にこのような事態が生じたら、またアメリカ国籍をとるといいからと子供をアメリカで産んで、その子が20歳でアメリカ国籍を選択し、こういう事態になったら‥と思うとやりきれない気持ちになります。

短い間に色々回りましたが、重たい一日でした。


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アメリカの小学校(6) [小学校]

ESOL(English for Speakers of Other Languages)について、その2
息子の学校はESOLが充実しているだけあって、先生も厳しいなかなかの人物でした。

面談の日、息子について「彼は単語の記憶能力に問題(異常)があると思う。何度教えても同じ間違いをする。一向に直らない。それに彼は私に宿題は嫌いだと言った。」と半ば怒り気味で言いました。その日、私達は恐縮して帰りました。

その後、数日間息子の様子を観察しました。その結果、まさに息子は英語の勉強が好きでなく、いやいややっており、それゆえはかどりも悪ければなかなか習得できないことが分かりました。

それなのに、先生は容赦なく、大量のDo again!(やり直し)と新しい宿題を出してきます。ある日、Do again!だけで1時間半かかる日がありました。私は耐えかねて。「Do again!が多い日は思いやりをもって、宿題の量を調節してください」と手紙を書きました。

これがいけませんでした‥。子供はだけでなく、親(私)までもが先生を怒らせてしまいました。たまたまかもしれませんが、数日間先生は息子の前に現れず、学校に電話をして、先生に電話をしてくれるよう頼んでも返事が来ませんでした。

夫からは「余計なことを言うからこうなったんだ、任せておけばよかったのに」などと小言を言われました。このままではひきさがれません!

私は考えました。息子は前回の米国暮らしの経験から英語を勉強することには強烈な拒否反応があること、勉強している内容の話題が息子の興味からずれていること、我々は一年で帰国するので日本の勉強もおろそかに出来ないのでESOLにばかり時間をさけないことなどが問題で、これを解決するために、私としては日本の勉強をもっと効率よくすること、先生にはESOLの宿題を少し減らしてもらうこと、ESOLで勉強する内容について息子の興味のある話題(例えば歴史よりは科学的な話題にするなど)を取り入れて、やる気を起こさせるように努力してもらうことが必要だと考えました。

そして、先生と面接の約束を取り付け、学校に行きました。
先生は日本の勉強に対しての大切さには理解を示しましたが、それゆえにESOLの宿題を減らせる姿勢は示しませんでした。むしろ、日本の勉強を減らすよう要求してきました。

次に勉強の話題については、例えば覚えが悪いと指摘された週一回のスペルテストに科学や算数に関する単語を入れてくれるよう頼みました。そうすれば息子の英語に対する興味が沸き、やる気が起こると思うと言いました。

しかし先生は息子のためだけに単語のテストの内容を変える訳にはいかないと言いました。それもその通りです。しかし、暫く沈黙した後、先生は今までのスペルテストにプラスして試験することなら出来るといいました。

これでは、私の「負担を減らす」という目論見から外れるどころか逆効果です。しかし、とにかく少しでも興味のある話題をいれたほうが良いと思い、先生の申し出を受けることにしました。実際には「受けて立つ」という覚悟でした。

その次のスペルテストの結果がでるまで、とても緊張しました。
しかし、その次の週先生に会うと、先生はそれまで見たことも無かった笑顔で私に近づいてきて「科学の単語を5個入れたら、かれは全部正解したのよ!私はテストの内容を変えて成功したわ!」と言っていました。

自分の成果のように喜ぶ先生を見て、内容を変えるよう、提案したのは私だったはずだがと思いましたが、とりあえず先生は喜んでいるし、息子の記憶能力についての疑いも晴れたようなので、よしとしました。

ちなみに、こちらの先生は優れた成果を出している先生ほど、自分の教育方針に自信を持っているので、その方針に意見されることをとても嫌うことがあるそうです。どうやら私は地雷を踏んでしまったようです。

この先生と今まで一戦交えた保護者は何人かいたそうですが、ESOLのクラスから抜けることになったり、先生とは目をあわさない仲になったりした人もいたそうです。そんなことにならなくて済み、本当に良かったと思いました。

その後、その先生はとても私に好意的になりました。一方、息子には最後まで厳しかったです。先生に「宿題は好きじゃない」なんていうやつですから、当然の報いです。


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